大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成6年(行ケ)88号 判決

東京都大田区下丸子2丁目15番2号

原告

東京プレイテイング株式会社

同代表者代表取締役

近藤勝治

同訴訟代理人弁理士

富崎元成

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

同指定代理人

中嶋清

市川信郷

吉野日出夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成2年審判第13841号事件について平成6年2月18日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、「アルミニウムを素材とするメッキにより鏡面を付与された製品及びその製造方法」と題する発明(後に「アルミニウムを素材とするメッキにより鏡面を付与された製品」と補正、以下「本願発明」という。)について、昭和57年12月27日、特許出願をした(昭和57年特許願第226627号)ところ、平成2年6月14日、拒絶査定を受けたので、同年8月7日、審判を請求した。特許庁は、この請求を平成2年審判第13841号事件として審理した結果、平成3年10月17日、出願公告(平成3年特許出願公告第66396号)したが、特許異議の申立てがあり、平成6年2月18日、上記申立ては理由があるとする決定をするとともに、上記請求は成り立たない、とする審決をし、その審決書謄本を同年3月28日、原告に送達した。

2  本願発明の要旨

「アルミニウムを素材とし、その表面に順次、亜鉛を含有する化成処理被膜層、半光沢ニッケル電気メッキ層及び光沢ニッケル電気メッキ層ならびにクロム電気メッキ層を設けて成り、前記の半光沢ニッケル電気メッキ層の厚さ(a)対光沢ニッケル電気メッキ層の厚さ(b)が0.67≦b/a<1.5である、メッキにより鏡様反射機能を付与されたアルミニウム製品。」

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  昭和57年特許出願公告第22998号公報(以下「引用例1」といい、引用例1に記載の発明を「引用発明1」という。)には、「アルミニウムを素材とし、その表面に順次、亜鉛及びニッケルからの化成処理被膜層、半光沢ニッケル電気メッキ層及び光沢ニッケル電気メッキ層からの複数のニッケル電気メッキ層ならびにクロム電気メッキ層を設けて成り、前記の半光沢ニッケル電気メッキ層対光沢ニッケル電気メッキ層の厚さの比が1:1.5~2.5である、メッキにより鏡様反射機能を付与されたアルミニウム製品。」(特許請求の範囲1)、

昭和54年10月20日東京鍍金材料協同組合発行、東京鍍金材料協同組合技術委員会編集専門会議編「電気めっき技術ガイドブック」129頁ないし135頁(以下「引用例2」といい、引用例2記載の発明を「引用発明2」という。)には、高耐食性ニッケルめっきに関し、「第1層に硫黄を含まない半光沢ニッケルを、第2層に在来の硫黄を含む光沢ニッケルを重ね、最後にクロムめっきで完結する方法が2層ニッケルめっきである。」(129頁下から3行ないし末行)、「・・・半光沢ニッケルめっきに必要な性能は、・・・レベリング作用があること、等である。」(132頁3行ないし8行)、「図4-10(別紙図表1参照)2層ニッケルめっきの厚さ比率(半光沢:光沢)と耐食性(コロードコート)・・・Du Roseによる」(135頁)、「各めっき層の厚さの比率 2層ニッケルめっきにおいては、図4-10のように半光沢ニッケルの厚さが全ニッケル厚さの60%のときに最高の耐食性を示しており、実用上、半光沢ニッケル60~70%が普通である。」(134頁下から4ないし末行)、各めっき層の厚さの比率、すなわち「光沢ニッケルめっき層の厚さの割合/半光沢ニッケルめっき層の厚さの割合」が「40/60」(これは0.666・・・四捨五入すると0.67になる)のとき、最高の耐食性(「Rating NO.」で約9.4)が得られ、これを境とし、これより大きい場合であっても小さい場合であっても耐食性が漸次低下することを示す曲線」(135頁「図4-10」)等

がそれぞれ記載されている。

(3)  本願発明と引用発明1を対比すると、両者は、共に、アルミニウムを素材とし、その表面に順次、亜鉛を含有する化成処理被膜層、半光沢ニッケル電気メッキ層及び光沢ニッケル電気メッキ層からの複数のニッケル電気メッキ層ならびにクロム電気メッキ層を設けて成る、メッキにより鏡様反射機能を付与されたアルミニウム製品である点で軌を一にする発明である。

これに対し、「半光沢ニッケル電気メッキ層の厚さ(a)対光沢ニッケル電気メッキ層の厚さ(b)」の比が、本願発明では0.67≦b/a<1.5であるのに対し、引用発明1ではb/a=1.5~2.5である点で相違する。

(4)  相違点についてみると、引用例2には、2層ニッケルメッキに関し、本願発明で規定する「b/a」の範囲である「0.67≦b/a<1.5」は、引用発明1で規定する比「b/a」の範囲(1.5≦b/a≦2.5)に隣接するものであって、前者の方が後者の場合よりも優れた耐食性が得られることが開示されているから、引用発明1のアルミニウム製品において、比「b/a」を本願発明のように設定することは当業者であれば容易になし得たことと認められる。

そして、本願発明において奏せられる効果も、予測される域を出るものとは認められない。

(5)  したがって、本願発明は、引用発明1、2に基づいて当業者が容易に発明することができたものと認められるから、特許法29条2項により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決の認定判断のうち、審決の理由の要点(1)ないし(3)は認めるが、同(4)、(5)は争う。審決は、相違点についての判断を誤るとともに本願発明の顕著な作用効果を看過したものであるから、違法であり、取消しを免れない。

(1)  相違点についての判断の誤り(取消事由1)

引用例2の図4-10(135頁)に示されたデータは、鉄鋼を下地とするメッキに関するものであり、本願発明のようにアルミニウムを下地とするものではない。メッキ技術において、素地の材質を無視して耐食性を論ずることは暴論である。耐食性の定まり方は、非線形であって、耐食性を高めるために、b/aの値を変えればよいという単純な関係にはない。メッキの下地の種類により耐食性が大きく変わることは本願発明と引用発明2との対比データ(甲第10号証、別紙図表2参照)から明らかである(日本工業規格附属書レイティング標準表(甲第11号証の2)は耐食性が0.1違うだけで物性に大きな差が生じることを示している。)。してみると、鉄を下地とする引用発明2をアルミニウムを下地とする本願発明に適用することはできないから、同引用発明に基づき相違点についての本願発明の構成を容易に想到し得たとした審決の判断は本願発明の結果を見た上での判断であるといわざるを得ず、誤りであるというべきである。したがって、相違点についての審決の判断は誤りである。

(2)  顕著な作用効果の看過(取消事由2)

引用例1には、b/aの値に関連させて、鏡の機能として要求される耐食性、反射率及びひずみ率の3つの要素を同時に満足させるとの点についての認識は全くなく、この点は引用例2についても同様である。

本願発明で限定した数値領域は、本願明細書に記載したように、耐食性、反射率及びひずみ率の関係を同時に満足するものであり、これらの点が全く記載されていないし、また、示唆もない前記各引用例から本願発明の前記の3要素に関する優れた作用効果を予測することは不可能というべきである。したがって、審決は本願発明が奏する前記の優れた作用効果を看過したものであるから、違法であり、取消しを免れない。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

請求の原因1ないし3は認めるが、同4は争う。審決の認定判断は正当である。

1  取消事由1について

〈1〉  引用例2には、2層ニッケルメッキに関し、「図4-10 2層ニッケルめっきの厚さ比率(半光沢:光沢)と耐食性(コロードコート)・・・Du Roseによる」(135頁)、「各メッキ層の厚さの比率 2層ニッケルめっきにおいては、図4-10のように半光沢ニッケルの厚さが全ニッケル厚さの60%のときに最高の耐食性を示しており、実用上、半光沢ニッケル60~70%が普通である。」(134頁下から4行~末行)との記載があり、また、上記の図によれば、各メッキ層の厚さの比率、すなわち「光沢ニッケルめっき層の厚さの割合/半光沢ニッケルめっき層の厚さの割合」が40/60(0.67)のとき最高の耐食性(「Rating No.」で約9.4)が得られ、これを境として、これより大きい場合であっても小さい場合であっても、耐食性は漸次低下することが認められる。

以上のような記載によれば、引用例2には、2層ニッケルメッキに関し、本願発明の数値限定(0.67≦b/a<1.5)の方が引用例1に記載の数値限定(1.5≦b/a≦2.5)の場合よりも優れた耐食性が得られることが示されていることは明らかである。

してみれば、本願発明の数値限定の上限は、引用発明1の数値限定の下限である1.5で隣接するものでありしかもこの隣接点は、引用例2及び甲第10号証に記載されているように、隣接点1.5を境として、より優れた耐食性の領域である1.5~0.67を明示するものであるから、この記載に基づいて、上記の比率を本願発明の相違点に係る数値に限定することは当業者であれば容易なことである。

〈2〉  原告は、前記の図4-10に示されたデータは鉄鋼を下地とするメッキに関するものであるから、本願発明のようにアルミニウムを素材とするものではなく、本願発明の参考とはならないと主張する。しかし、引用例2には、アルミニウム素材を排除する旨の記載はなく、2層ニッケルメッキにおいては、半光沢ニッケルメッキ層の厚さと光沢ニッケルメッキ層の厚さの比率が耐食性に影響を及ぼすことが新たな知見として示されているのであるから、この知見を考慮して、上記の数値を限定することは容易に想到し得たことである。

原告は、甲第10号証のデータから、メッキの下地の種類により耐食性に関する特性が大きく変わると主張する。しかし、上記甲号証からは、アルミニウムを素材とする場合においても、b/aの比が0.67のとき最高の耐食性を示すことが得られており、この数値を境にこれより大きい場合にも小さい場合にも耐食性は漸次低下することを明確に示していて、Du Rose曲線と同じ傾向を示すものであるから、下地により特性が大きく変わるとの上記主張は失当である。

2  取消事由2について

本願明細書には「本発明の反射機能を付与されたアルミニウム製品を製造するに際しては、・・・0.25≦b/a<1.5にすると、表面にきわめてすぐれた光輝性及び反射機能があたえられ鏡としてきわめて良好な性質を有すると共に耐食性にすぐれた製品が得られる。・・・本発明の方法によればアルミニウムまたはアルミニウム合金素材の表面に傷痕や歪みの全くない均一なすぐれた鏡様反射機能を付与することができ・・・本発明の製品はガラスのように割れることなく軽量であり、後加工性にすぐれ、・・・耐食性にすぐれている等の多数の利点を有する。・・・その応用製品の例は次のとおりである。鏡面を利用する屋内外の建築材料たとえば装飾性壁面及び天井等、鏡たとえば浴室用鏡、照明用鏡、鉄道及び車両用鏡、自動車のバックミラー、サイドミラー等、屋外標識、その他ジャー、ポット、レンジ等の日用品」(本願発明の出願公告公報3欄13行ないし5欄末行)と記載されている。

しかし、引用例1には「本発明の方法によれば、アルミニウム又はアルミニウム合金素材の表面に傷痕や歪みの全くない均一なすぐれた鏡様反射機能を付与することが・・・本発明の製品はガラスのように割れることがなく軽量であり、後加工性にすぐれ、・・・耐食性にすぐれている等の多数の利点を有する・・・その応用製品の例は次のとおりである。鏡面を利用する屋内外の建築材料たとえば装飾性壁面及び天井等、鏡たとえば浴室用鏡、照明用鏡、鉄道及び車両用鏡、自動車のバックミラー、サイドミラー等、屋外標識、その他ジャー、ポット、レンジ等の日用品」(5欄1行ないし29行)と記載されている。

以上の両者のアルミニウム製品を対比すると、その特性である反射機能や耐食性並びに加工性等において、両者は異なるところがなく、その応用製品についても同一であって区別することができない。したがって、本願発明が奏する作用効果は、引用発明1でも既に得られており、この技術から予測することができる程度のものであるから、審決のこの点についての判断に誤りはない。

第4  証拠

証拠関係は書証目録記載のとおりである。

理由

1  請求の原因1ないし3並びに本願発明と引用発明との間に審決摘示の一致点及び相違点が存在することは当事者間に争いがない。

2  本願発明の概要

いずれも成立に争いのない甲第3号証(本願発明の出願公告公報)及び同第6号証(平成4年7月22日付け手続補正書)によれば、本願発明の概要は、以下のとおりである。

本願発明は、アルミニウムを素材とし、メッキによりアルミニウムの表面に鏡様反射機能を付与した製品に関する(前同公報1欄12行ないし14行)。アルミニウムを鏡の素材として使用した場合、軟質であるため変形し易く、傷痕が付き易い、表面に容易に酸化被膜を生成してメッキ特性が悪化する等の問題点があった。本願発明者は、既に、アルミニウムの表面に順次、亜鉛及びニッケルからの化成処理被膜層、半光沢ニッケル電気メッキ層及び光沢ニッケル電気メッキ層並びにクロム電気メッキ層を設けてなり、上記半光沢ニッケル電気メッキ層と光沢電気メッキ層の厚さの比率を1:1.5~2.5とした発明を完成し、上記の各問題点の解決を図った(この発明が引用発明1である。)が、更に研究を進めた結果、上記比率を本願発明の要旨記載のとおり設定することにより、メッキ製品の鏡面反射機能を損なうことなく耐食性を一層向上することができるとの作用効果を得たものである(2欄2行ないし25行)。

3  取消事由について

(1)  取消事由1

引用例2に審決摘示の技術的事項の記載があることは当事者間に争いがなく、さらに、成立に争いのない甲第8号証によれば、引用例2の「1-1 めっきの構成と防食機構」と題する項には、「一般に、ニッケル皮膜は硫黄含有量が多いほど自然電位が低いので、クロム→光沢ニッケルを貫通する腐食孔が半光沢ニッケル層に達すると、光沢ニッケル一半光沢ニッケル間に電位を生じ、下地半光沢ニッケルは光沢ニッケルによりアノード防食をうけ、素地方向への腐食を緩慢にすることができる。これに対して、単層ニッケルの場合は腐食孔は半球状で、腐食が素地まで達する速度は速い。」(129頁末行ないし130頁6行)との記載があり、また、同第9号証(昭和53年9月25日槇書店発行、日本めっき技術研究会編「現場技術者のための実用めっき(Ⅰ)」)の「(1) めっきの接触腐食機構」と題する項には、「まずニッケル上クロムめっきの腐食機構を考えると、硫酸または亜硫酸を含む溶液中ではクロムはニッケルより腐食電池列(図7-2参照)において貴であるから、クロムがこれらと接触して局部電池を構成すると、クロムはカソード的にニッケルはアノード的に作用する。したがってニッケルはこの溶液中で単独に腐食するときよりも、クロムと接触しているときは著しく腐食される(図7-3のa参照)。しかし弱酸性で酸素を含む食塩溶液中ではこの逆の現象が起きて、クロムが腐食しニッケルはほとんど腐食されない(図7-3のb参照)。このようなめっき層間で起きる接触腐食現象を利用して、ニッケルめっきの防食効果を高めるために開発されたのが“Dup lex nickel”つまり2層ニッケルめっき法である。この方法では素地-(銅)-半光沢ニッケルー光沢ニッケルークロムのような順序でめっきする。」との記載(248頁3行ないし下から9行)、「(2) 防食機構と耐食性」と題する項には、「つぎに2層ニッケルが耐食性にすぐれる理由を考えてみる。(a) 半光沢ニッケルは電気化学的に上層の光沢ニッケルよりも貴の電位をもつから、鉄素地上の亜鉛めっきの防食機構と同じ効果がある(図7-5参照)。(b) いおうを含まないニッケルは、いおうを含む光沢ニッケルよりも化学的な溶解速度が小さい。(c) 2層ニッケルについては電位的な防食性があり、1つのピンホールが素地に達すると、この周囲には新しいピンホールが発生しにくくなる。」との記載(249頁下から5行ないし251頁図7-6下5行)、また、「Q&A」の項には「A.半光沢ニッケルは、いおうを含まない柱状組織をもっていますので、平滑性と延性が良いことと、化学的な溶解速度も光沢ニッケル層に比べて遅いという特長があります。また、腐食雰囲気中でカソード的に防食されますから、例え1つのピンホールが素地にまで達しても、その周囲に新らしいピンホールが発生するのを押える役目を果します。」との記載(同頁下から15行ないし11行)をそれぞれ認めることができる。

以上によれば、硫黄含有量の異なるニッケル皮膜を2~3層に重ね、この上にクロムめっきを施すことによって高耐食性を得るニッケルめっき法における防食のメカニズムは、クロム層と半光沢ニッケル層間に生じる電位差に起因して、半光沢ニッケルが光沢ニッケルにより防食作用を受けることにより素地方向への腐食を緩慢にすることによるものと認めることができるから、素地への腐食の防止に関係する要素は、クロム層、半光沢層及び光沢層であり、素地が腐食に関与する余地は乏しいものと認められる。

原告は、この点について、下地層がアルミニウムであるかそれとも鉄であるかによって耐食性に差異がある旨主張するところ、原告主張の下地層とは前掲各甲号証によれば、素地に相当することは明らかである(例えば前掲甲第8号証130頁4行、同第9号証248頁の図7-3参照)が、上記認定の2層ニッケルメッキにおける耐蝕のメカニズムに照らしても原告主張は採用し難いし、本件全証拠を検討しても、原告主張の下地層、すなわち、素地の違いによって2層ニッケルメッキの耐食性に差異が生ずることを認めるに足りる証拠はない上(前記のとおり2層ニッケルメッキの防食機構を説明した前掲甲第8号証及び同第9号証を精査しても、この点に直接言及した記載はもとよりこれを示唆する記載すら見いだすことはできない。)。

もっとも、原告は、甲第10号証の記載を援用して、原告の上記主張の正当性の裏付けとするが、この点については後に検討するとおりである。

そこで、進んで、2層ニッケルメッキにおける各ニッケルメッキ層の厚さの比率と耐食性との関係について検討する。

引用例2に「各めっき層の厚さの比率 2層ニッケルめっきにおいては、図4-10のように半光沢ニッケルの厚さが全ニッケル厚さの60%のときに最高の耐食性を示しており、実用上、半光沢ニッケル60~70%が普通である。」との記載があることは前記のとおり当事者間に争いがなく、前掲甲第8号証によれば、引用例2の上記図4-10(「2層ニッケルめっきの厚さ比率(半光沢:光沢)と耐食性(コロードコート)・・・・・Du Roseによる。」、以下、この曲線を「Du Roseの曲線」という。)には、縦軸に耐食性の程度を示すレイテイングナンバー(「Rating No.」、なお、Rating No.が耐食性を示すものであることは成立に争いのない甲第11号証の2から明らかである。)を、横軸にニッケルメッキ層の厚さ中に占める半光沢ニッケルメッキ層の厚さと光沢ニッケルメッキ層の厚さの割合(%)をそれぞれ取り、上記の各厚さの比率の変化に対応するRating No.の変化の割合が線グラフで示されている(別紙図表1参照)が、これによれば、ニッケルメッキの厚さ中の半光沢ニッケルの厚さが60%、光沢ニッケルメッキの厚さが40%である時にRating No.の最高値である約9.4を示し、この値を頂点として前記各厚みの比率の変化に応じて、Rating No.がほぼ左右対称に緩やかに低下し、おおむねRating No.7に達することを読み取ることが可能である。なお、前掲甲第9号証にも、「ニッケルめっき層合計の厚さは、めっき部品の用途により適当にきめられているが、一般には半光沢部分が全ニッケル厚さの60~80%がすすめられている(図7-6参照)」との記載(249頁下から10行ないし6行)と上記図7-6としてDu Roseの曲線(251頁)が記載されていることが認められる。

ところで、成立に争いのない甲第10号証には、本願発明におけるRating No.と三ッケルメッキ層の厚さ中に占める半光沢ニッケルメッキ層の厚さと光沢ニッケルメッキ層の厚さの割合との関係をDu Roseの曲線と同様にグラフ化した曲線の記載があるところ(別紙図表2参照。なお、同10号証中の「Du Roseの曲線(引用発明1)」とあるは「(引用発明2)」の誤記である。)この曲線はDu Roseの曲線と一致しないことが認められる。そして、もし、2層ニッケルメッキにおける耐食性を決定づける要素がクロム層、半光沢ニッケルメッキ層及び光沢ニッケルメッキ層のるであるならば、本願発明の上記曲線とDu Roseの曲線は理論的には完全に一致するはずであることから、原告は、上記各曲線の不一致は、耐食性に原告主張の下地層、すなわち素地が影響を与えることの証左であり、素地をアルミニウムとする本願発明に対し、素地を鉄とする引用例2に記載の技術的事項は適用できず、したがって、同引用例に示されたDu Roseの曲線から本願発明の数値限定の示唆を受けることはできないと主張する。

そこでこの点を検討すると、まず、2層ニッケルメッキにおいて、メッキの耐食性に素地が影響を及ぼす合上理的な根拠を見いだし難いことは既に認定したとおりである。その上平前記の各曲線を対比すると、前掲甲第10号証によれば、本願発明に係る曲線においては、Rating No.の最高値を取るニッケルメッキの厚さ中の半光沢ニッケルの厚さと光沢ニッケルメッキの厚さの比率がDu Roseの曲線の場合とほぼ同じ(半光沢ニッケルメッキ層の厚さ60%、光沢ニッケルメッキ層の厚さ40%の場合で、本願発明におけるRating No.の最高値は約9.5である。)であり、本願発明に係る曲線においてもRating No.の上記最高点を境に前記各厚みの比率の変化に応じて、Rating No.がほぼ左右対称に緩やかに低下しながら概ねRating No.約7に達することを読み取ることができる。そうすると、以上のような両曲線におけるRating No.の相当程度の類似した変動状況に加え、前記認定の2層ニッケルメッキにおける耐食性のメカニズム、さらには、両曲線の上記の差異を素地の違いで説明する何らの合理的な根拠も示されていないことなどを総合的に考慮すると、前記両曲線間の差異を素地の違いに起因するものと解釈する根拠に乏しく、むしろ、実験に不可避的に伴う誤差に起因するものと解する方がより合理的な解釈というべきである。

以上によれば、2層ニッケルメッキの耐食性と半光沢ニッケルメッキ層の厚さと光沢ニッケルメッキ層の厚さの割合との関係については、素地のいかんにかかわらず、Du Roseの曲線から示唆を受けることが可能というべきであって、前掲甲第10号証記載の本願発明の曲線をもって、2層ニッケルメッキの耐食性に関するDu Roseの曲線の技術的な価値を否定することはできないというべきである。

そこで進んで、Du Roseの曲線をみると、半光沢ニッケルメッキの厚みと光沢ニッケルメッキの厚みの比率が、引用発明1で採用した値よりも本願発明の採用した値の方が優れていることは明らかであるから、耐食性向上の見地から、上記の比率について、Du Roseの曲線を参考にして、相違点に係る本願発明の数値を採択することに格別の困難があるものということはできない。

したがって、相違点についての審決の判断に誤りはなく、取消事由1は理由がない。

(2)  取消事由2

本願発明がその要旨記載の構成を採択することによって、メッキ製品の鏡面反射機能を損なうことなく耐食性の向上を図るとの作用効果を奏するものであることは前記2に認定したとおりである。

そこで、まず、本願発明の課題である耐食性の向上の作用効果についてみると、前項に説示したように、半光沢ニッケルメッキの厚みと光沢ニッケルメッキの厚みの比率について、本願発明の採択した数値の方が耐食性に優れていることはDu Roseの曲線から明らかであるから、これをもって当業者において予測し得ない作用効果であるということはできない。また、鏡面反射機能については、前掲甲第3号証によれば、本願明細書には、「本発明者はさらに研究を進めた結果、半光沢ニッケル電気メッキ層対光沢ニッケル電気メッキ層の厚さの比を前記の値より小さくすると、メッキ製品の鏡面反射機能を損うことなく耐食性をさらに向上しうることを見出して、本発明を完成した。」との記載(2欄20行ないし25行)があり、このことは前掲甲第3号証によれば、本願明細書に記載の半光沢ニッケルメッキ層の厚さと光沢ニッケルメッキ層の厚さの比率を2.3(これが引用発明1の範囲に入ることは明らかである。)とした場合の反射率が61%であるのに対し、上記比率を0.67(これが本願発明の範囲に入ることは明らかである。)とした場合のそれが63%であるとの実験結果(7欄表)が認められ、これらの各数値を比較してみても、本願発明の反射率が引用発明1よりも顕著に向上しているものとは認め難いものであって、鏡面反射機能については先行発明である引用発明1において実現されていた作用効果と大差はないと認められる。さらにひずみ率についてみると、上記の表によれば、引用発明1で前記の比率を2.3とした場合のひずみ率は1.8%であり、本願発明で比率を0.67とした場合のひずみ率が2.0%であることが認められるから、これによれば、かえって、引用発明1の方がひずみ率においては優れている場合があるのであるから、本願発明が格別優れたものであるということはできない。

そして、以上の点からすると、本願発明と引用発明1は耐食性以外の点においてはそれほど顕著な差異はなく、また、耐食性の向上については引用発明2から予測可能である以上、結局、本願発明の奏する作用効果をもって、当業者の予測を超えた格別顕著なものとみることは困難といわざるを得ない。

したがって、本願発明の奏する作用効果は、いずれも当業者において予測可能な範囲のものというべきであるから、取消事由2も理由がない。

(3)  以上の次第であるから、取消事由はいずれも理由がなく、審決に原告指摘の違法はない。

4  よって、本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 田中信義)

別紙図表1

〈省略〉

別紙図表2

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例